時代が変われば人は変わる。そして人が変われば風習も変わる!

こんにちは、弥津です。

昔からの風習は守るべきものなのか、それとも変えるのもありなのか。

今回は、年越し前の風習である『除夜の鐘についての話題を取り上げます。

今回、除夜の鐘に関する気になる記事をみつけましたので、ご紹介します。

この記事では、『大晦日の風物詩・除夜の鐘にここ数年、変化が起きている』としています。


大晦日の深夜に突かれる108つの除夜の鐘。

近年、この深夜の除夜の鐘に対する苦情が、若者から聞かれるようになったとのことです。


この苦情によって中止や時間変更を行うお寺があるようです。


こういった背景には、ただ単に若者に風情が分からないという問題だけではないと、私は思うのです。

この記事にも記されているように、お寺を支える檀家の高齢化の影響も大きい。


ようは、檀家になる若者・・・後継者がいないとも言えます。

私もそうですが、檀家としてお寺を支援する時間・金銭の余裕のない若者や、その必要性を感じていない人達が増えているのではないでしょうか。

ある意味で、それも宗教の自由ではあります。

お寺や教会、通うも通わないも、信じるも信じないも自由ですよね。


そう考えると、『除夜の鐘』だって聞きたい人、聞きたくない人の双方がいてもおかしな話ではないのかもしれません。


とくに、都市部では仕事も多様。

大晦日、お正月だからといって全員が休暇だなんて事はないですよね。


最近は24時間営業のお店や、盆も正月も関係ないような仕事に就いている人が増えました。そういえば私も介護士をしていた当時は、大晦日の深夜勤務を3回ほどしましたっけ。

また、元日の朝から仕事っていう人達にとっては、除夜の鐘は安眠妨害でしかないでしょうね。


こういった記事をみると、風物詩を理解できない若者への批判というよりは、「生きるのが精一杯な若者が多くなっている」のではないのかと心配になってきます。


風習を理解できない人が悪いのではなく、時代が変わって人の生活リズムも変わってきた。

そして、風習は人が作るものと考えれば、人が変われば風習のあり方も変わっていくのが当然という見方も出来ますよね。


「除夜の鐘は深夜に突くものだ!」といった固定観念は持たず、柔軟に見ていく姿勢も大切でしょうね。

ちなみに、時間を変えても除夜の鐘のご利益は変わらないらしいです・・・その点は安心しました。

そして、今回は『時間』という話題に関連して、『時計』をご紹介します。

私は、以前から『懐中時計』に憧れを持っていまして。


中学生当時、どれだけカッコイイ腕時計をつけられるかが競争のようになっていた我がクラスの中において、私はひとり懐中時計を愛用していました。

ホームセンターで超安く売られていたプラスチック性の懐中時計だったのですが、妙に満足していた私でした。


その時から映画が好きだったことも影響していたんでしょうね。

映画に出てくる西洋の紳士や西部劇の主人公・・・何気に取り出す懐中時計をカッコよく感じていたのを思い出します。

(画像をクリックするとリンク先に移動できます)

スマホを常に手に持って生活しているような人には、時計すら必要ないのかもしれません。

でも、何かスマホ中毒のようで、良い印象を周りに与えませんよね。


それに、常に手元にスマホを持つことのない人の場合、時間確認するたびにスマホを取り出すのも面倒ですよね。

そうなると、腕時計か懐中時計ってことになります。

(画像をクリックするとリンク先に移動できます)

懐中時計は、腕時計にない『付け方のバリエーション』があります。

服に付ける、カバンに付ける、ネックレスのように首にかけるといった風に。


こうやって見てみると、懐中時計で時間を確認する人の方が、スマホに依存していない「落ち着き」を感じませんか?

人とは違うこだわりもあって、スマートに見えますね。

商品紹介は上記のリンクからご確認ください。

それでは!
以上、弥津でした。

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